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焼跡・都電・40年《下町》 大正出版刊
激変した東京の街 林 順信 著
昭和62年3月出版

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空襲・焼跡グラフィティ 撮影 菊地俊吉
《銀座が初めて空襲された日 銀座通り二丁目から四丁目方面を望む 都電の向こうに火の手が上がっているのが見える》(都電左2両は3000形 右は4000形)(昭和20年1月27日15時頃)
《銀座5丁目のライオンビアホール(現日産)の2階から割れた窓ガラス越しに炎上中のキリンビヤホール(現三愛)を撮影》(都電は12系統5000形)(昭和20年1月27日)
《3月10日の東京大空襲で、がれきの山と化した吾妻橋付近(墨田区)焼け出された人たちがリヤカーを引いて足早に通り過ぎて行く 林立する煙突と3階建の土蔵が印象的 前方の大きなビルは日本専売公社(現日本たばこ産業)》(昭和20年3月20日)
《吾妻橋のアサヒビール工場前 防空頭巾姿の人たちが行き交う浅草通りに都バスがやってきた》(昭和20年3月20日)
《無残な姿の浅草仲見世 建物は残った中はすっかり焼かれ前方にあった観音様の本堂も焼失》(昭和20年3月20日)
《終戦を迎え食べ物や物資を求める人であふれるアメ横の闇市 右上方に御徒町のホームが見える》(昭和20年11月)
《5月25日の大空襲で焼けただれた銀座三越 都電の安全地帯に並ぶ日本人の服装はさまざまだがジープに乗った米兵は後ろ姿も格好がよかった》(右側の都電は5000形)(昭和20年11月)
ほか
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